砂時計とは?仕組みから歴史まで詳しく解説

砂時計とは?仕組みから歴史まで詳しく解説

近年おしゃれアンティーク砂時計をインテリアとして用いたり、紅茶の蒸らし時間を計るために砂時計を用いたりと生活の中で砂時計を見る機会は意外に増えてきているのではないでしょうか。

この記事では砂時計の仕組みから歴史まで詳しく解説します。

砂時計とは?

砂時計とは洋梨型の素材を2つつなげた形の器の一方に砂を入れ、それをもう一方の器に落とすことで時間を計ることのできる時計です。

全ての砂が器に落ちた後、ひっくり返すことで再度時間を計測できます。

本体はガラスなどの透明な材料で作られ、砂は珪砂、砂鉄、シリカゲルを細かくした人口砂、ジルコンサンド、ガラスビーズ、貝殻や大理石を粉砕したものなどが用いられることが多いでしょう。

計ることのできる時間は1分~60分程度が多く、それぞれ「1分計」「60分計」といった呼び方をする場合もあります。

時間を計測するものではありますが、見ていると時間を忘れてしまうような気持ちにさせられるのが砂時計の大きな特徴だと言えるのではないでしょうか。

精度があまり高い時計とは言えないため、調理時間や学習の時間など誤差があまり影響を及ぼさない用途で使うのが望ましいでしょう。

海外における砂時計の歴史

砂時計はいつ、どこの国で発明されたのか明らかではありません。

古代エジプト、古代ギリシャ、ローマ、中国などの国が起源ではないかとする説がありますが、はっきりとわかっていないのです。

また8世紀にフランスのシャルトルという都市において、Luitprand という名前の修道士が考案してヨーロッパに伝えたという説があります。

しかしこのころはまだ砂時計は一般的に用いられるほどではなく、最初に砂時計が記録されたのはアンブロージョ・ロレンツェッティによる 1338 年のフレスコ画「Allegory of Good Government」(良い政治の寓話) という絵画です。

この絵ではソファーのようなものに腰かけ、右手で砂時計を持つ人が描かれていますが、このころから少しずつ砂時計に関する記録が出てきます。

探検家のコロンブスは多数の砂時計を船に積んでいたとされますが、特に大航海時代において世界一周をした探検家のマゼランは、18個の砂時計を船に積んで使用したと記録に残っています。

船の速さを計測するノットという単位は、元々一定の時間で海面に流したロープの結び目いくつ分を船が進んだかという数字であるため、砂時計が1つあれば簡単に計測できたはずです。

しかし実際には砂時計が18個も積み込まれていたため、何か他の数値も同時に計測していたのではないかと言われているのです。

砂時計は湿気、温度変化、揺れにも強いため航海用の時計として18世紀ごろまで活躍しました。

その後砂時計は船の上だけではなく、教会の説教壇、教会の奉仕活動、戦闘時の時間計測、船の速力測定など活躍の場を増やしていったのです。

これは砂時計を製造するのに高い技術や特別な材料が必要ではなかったためです。

15世紀以後は機械式時計の発展により砂時計は実用品としての使用が減少していきましたが、装飾品や芸術作品として作成され、フランスにおけるカール大帝の12 時間計の砂時計などが残されています。

日本における砂時計の歴史

砂時計は、日本には16世紀の中頃にヨーロッパから伝わったとされています。

また江戸幕府を開いた徳川家康は、晩年に日時計、唐の時計、方時計などさまざまな時計を収集していましたが、その中には砂時計も含まれていたのです。

徳川家康は自分で砂時計を収集するだけではなく寄進することもあり、広島県福山市にある曹洞宗の寺院賢忠寺には、家康が400年前に寄進したオランダ製の砂時計が残されています。

賢忠寺の砂時計はアラベスク文様の革を張った六角形の木枠に入っており、白と薄茶色が混じった砂は、落ちるのに100分かかるのです。

現在では時の記念日に、賢忠寺が運営する幼稚園の子供たちに時間とは何かを教えるため、砂時計を見せながら説法が行われます。

また1898年~1899年にかけて福沢諭吉が67回に渡って連載した「福翁自伝」の「始めて亜米利加に渡る」という項目の中では「砂時計を以て時を計り」と記録されています。

これは咸臨丸でアメリカに行った際にサンフランシスコで歓迎の祝砲を打ってくれたことへの返礼として、砂時計で時間を計って応砲したということが記されているのです。

江戸時代には当時使用されていた不定時法に合った和時計、明治時代には定時法に合った機械式時計が少しずつ普及してきていたため日本において砂時計の存在がそれほど目立っていたわけではありませんが、歴史の中に記録が残されています。

参考:時事新報社編「福翁自伝」

世界最大の砂時計とは?

島根県大田市に、世界最大の砂時計である「砂暦(すなごよみ)」が設置された仁摩サンドミュージアムがあります。

大田市には全国でも有数の鳴り砂の浜「琴ヶ浜」があるため、鳴り砂の保全と環境保護を願って砂暦が設置されました。

鳴り砂とは鳴き砂、泣き砂とも呼ばれ、石英粒を多く含む砂が急激な砂の動きにより表面摩擦を起こし音を出す現象を指します。

日本には鳴り砂の起こる浜は150ヵ所以上あるとされますが、その中から山形県西置賜郡飯豊町遅谷の鳴り砂が選ばれ、砂暦に使用されているのです。

砂暦は1トンの砂を1年かけて落とす世界最大の砂時計で、全長5.2m、直径1mという大きな容器が用いられ、1秒間に0.032g、1時間に114g、1日で2,740gの砂が、コンピューター制御によって流され、時を刻む仕組みとなっています。

砂暦は同志社大学名誉教授の故三輪茂雄氏が3年かけて完成させ、1991年1月1日から運用が開始されたのですが、毎年大晦日には市民が参加するイベントにおいて参加者が砂暦をひっくり返す作業が行われているのです。

砂時計というと手軽で持ち運びも簡単なサイズのものがほとんどですが、スケールの大きな砂暦を見て、癒しの時間を過ごしてみるのもおすすめです。

参考:仁摩サンドミュージアム公式ホームページ

ゆったりとした日本らしい時を知らせる腕時計ブランド「和心」

和心は、1964年創業の腕時計メーカー、株式会社和工がお届けする和にこだわった腕時計ブランドです。

機械式時計、クォーツ式時計ともにケースの加工は埼玉県にある自社工場にて行い、バンドは、「畳」「宇陀印傳」「江戸組紐」「ピアノレザー」「博多織」「東京豚革」とどこか懐かしく馴染み深い素材ばかりを用いています。

情報技術の進化により時代の流れは早くなったのかもしれませんが、和心ではそれと同時にゆったりとした日本ならではの時の流れも大切にしたいと思っています。

そのため一度お求めいただいた腕時計を長く使っていただけるよう、時計の修理に関する名称独占資格である1級時計技能修理士が1名、2級時計技能修理士が1名在籍し、丁寧なメンテナンスを心がけているのです。

砂時計にも似たゆったりとした時間の流れを感じたいなら、ぜひ和心の腕時計をお試しください。

和心 WACOCORO (wacocoro-watch.com)

まとめ

砂時計とは洋梨型の素材を2つつなげた形の器の一方に砂を入れ、それをもう一方の器に落とすことで時間を計ることのできる時計ですが、湿気、温度変化、揺れに強いという特徴や美しいデザインから長く愛用されてきたことがわかりました。

癒しの時間、くつろぎの時間を感じるのにふさわしい砂時計を、ぜひ生活に取り入れてみてください。